療育施設通い1年目は親の気持ちの切り替え期間

「子供に“障がい”がある」と分かってから受け入れられるまで
4年必要でした

子供の障がいを親が受け入れる事=障がい受容 といいます

 

“障がい受容”ができるまでは人によって様々です

私が明確に“障がい受容”できたな
と思えるまでに4年かかりました

小学校入学進路を「特別支援学級」へ決定してから
同級生と息子の発達を比べることをやめました

“息子のペースで育てばいい”

そう考えるようになって始めて“障がい受容”ができたな
って、自分で思えました

 

「自閉症スペクトラム障害」の診断 → 小学校入学
までの4年間は自分の気持ちを整理する期間でした

この記事は
息子の診断→療育へ通うまでの経緯→療育一年目の
親の揺れていた正直な気持ちを書いています

 

療育先で出会うママ友達と

「あなたはなんで子供の特性に気が付いたの?
どういう経緯で療育を受けることになったの?」

って会話をまずしませんか?

 

その感覚で、なぜ療育に行きついたのか
をお話します

  1. 言葉が遅い?1才6か月検診
  2. おかしいな?違和感のある2才突入
  3. 成長と共に、同級生との差を感じる日々と親のイライラと不安
  4. 2才4か月で受けた発達検査と療育施設決定
  5. 療育施設へ送迎する生活リズムに親も子も慣れる生活

1 言葉が遅い?1才6か月検診

長男の発達に疑問を感じたのが1才6か月検診
言葉の遅れが気になり、相談しましたが「様子を見ましょう」で終了しました

私も初めての子育てなので 「こんなものかな?」と、
日々過ごしていました

長男が1才7か月の時に第2子を出産

赤ちゃんのお世話が中心となる生活でしたが
長男も 午前睡・午後睡 どちらもある年齢だったことが助かりました

2 おかしいな?違和感のある2才突入

2才の頃には日々の生活のしづらさを感じつつも
第二子が産まれたための “ 赤ちゃん返りなのかもしれない” と思っていました

生活のしづらさ…具体的には
・「ごみをゴミ箱にポイしてきて」と伝えても出来ない

・ショッピングへ行くと、エレベーターやエスカレーターへ
異常に興味を示すのに
おもちゃ売り場やおやつ、ゲームコーナーには興味を示さない

・公園へ連れて行ってもすぐに公園から出て行ってしまう

・散歩の道筋をいつもと違うルートにすると上異常に怒ったり泣きわめく

・手をつなぐことを嫌がる

・自動販売機の前で20分以上立ち止まる

・積み木を積み木として遊ばず、ボールをボールとして使わない。
光るおもちゃをただ眺めているだけ…などおもちゃで遊ぶ様子に違和感を感じる

もっと色々ありますが、すべての行動に対して
「幼いから・1~2才ってこんなものかな?
私が初めての子育てだからイライラするんだ」
…と思っていました

同じような子育て経験のあるお母さんには
このなんだか変な違和感やしんどさ
「あるある~~」って共通点ありますよね

「なんだか、やりにくいんです」と、長男の子育てへの不安を
明石市『保険センター』(現在は「子供健康センター」)担当保健師へ相談すると
『保険センター』の行う“ニコニコ教室”を紹介頂き、月2回通っていました

子供の担当保健師がいることを、この時始めて知りました

子育ての不安や悩み・子供の成長発達に不安がある場合は
『子供健康センター』保健師へ相談すると良いですね
担当保健師へつないで頂けます

 

“ニコニコ教室” では 子供と親が参加し
保健師・保育士・臨床心理士など10数名のスタッフと共に
体操遊び・お遊戯・絵本の読み聞かせを保育所に来たかのように
集団遊びをする場でした

集団遊びの次に自由遊び時間があり、
その時間にそれぞれスタッフへ
子供の様子を見て頂きながら
子育ての相談をすることができました

「生後3か月の娘を連れて出ることが大変ではないか」
と周りに思われていましたが
3か月の娘よりも
長男と外出しづらさや生活の違和感の方が大変だったので
“ニコニコ教室”という行き場があることの方が
私の精神上のよりどころでした

 

私は、翌年の4月から
子供たちを保育所へ入れて働きたい希望を持っていることを
担当保健師に伝えると
「子供を急に保育所へ入れると、びっくりしてしまうかもしれないから
今のうちから集団へ慣らすためにこういう施設を利用してみてはどうか」

と、母子分離タイプの療育施設を紹介受けました
「施設見学を希望であれば、保健師と一緒に行くことが出来るので
参考にしてください」

私は「今、働いていなくても子供を預かってくれる素晴らしい所があるの?!」
と、さっそく施設見学日程を調整し、向かいました

 

初めて療育施設を利用している子供たちの様子を見て思ったことは

『私の息子はそういう事?障がい児と過ごす?
息子はここへ通わせないといけないような子なの?』

と、ショックを受け、施設利用は主人と検討します…
と言い残して帰宅しました
「息子はこの施設にいる子供たちと同じなのですか?」
とは聞けませんでした

 

これは息子が発達検査を受ける前の事です
自分の息子が障がい児だと考えた事も無かった頃です
「いい所ですね。はい、通います。」 と、受け入れられません
療育施設へ通わせることへ抵抗を感じました

そして、紹介して頂いた施設の事を
“息子には関係ないこと”と、頭の中から消しました

 

3 成長と共に、同級生との差を感じる日々
親のイライラと不安

“ニコニコ教室”へ通い続ける月日が流れても

長男の言葉が出ない事
運動量の増える長男を連れて外出に手がかかる事
同じ年齢の子供との差を増々感じる日々
教室内の子供たちと比べても明らかに息子の様子が違っている事

それらから、私は毎日イライラする事が増えて
毎日子供と決まった生活が楽しくなくて
ただこなしているだけの日々に飽き飽きしていました

“発達検査” というものを受けてみよう
という気持ちになりました

発達検査の深い意味を考えず
自分自身のイライラやモヤモヤを解消したいために受けました

当時はスマホが主流ではなかった時代です
パソコンで “発達検査” と検索すればそれがどういう事か
理解して検査を申し込んだでしょう
パソコンを触る事が困難なほど
子供への対応に疲れていた子育てだったんです

“発達検査”予約を約4か月後に取ることができました

 

この4か月待つ間にも

私の子育てへのイライラ・モヤモヤは更に積もります
息子は2才を過ぎても話さない
公園内で遊べずにどこかへ行ってしまう
「こっちにおいで」と声をかけても絶対に来ない
外出がしづらい

息子が何を考えているのか分からない

ある時、息子へのイライラする事柄をノートに書き出してみました
そのノートを自分自身で見て異様さを感じました

「息子がおかしいんじゃない。私がおかしいんやわ…」

そう、思い
以前紹介を受けた療育施設へ週1回程度利用して
私と息子と離れる時間を作ろう
そう考えるようになり、手続きを進めました

 

4 2才4か月で受けた発達検査と療育施設決定

療育施設へ通う契約が終わり、通い始めたちょうどその頃に
発達検査の予約日を迎えました

“新版K式 発達検査” DQ40
『知的障害を伴った自閉症スペクトラム障害』と診断がでました

 

“発達検査”結果を元に療育施設へ子供の様子を話し
週5日療育へ通う事になりました

 

療育施設への入所のタイミングが良く
即週5日通える事はラッキーだったのですが
その時の私にとっては
自分の生活を今まで以上に削らないといけない事や
今まで以上に子供へ向き合う必要がある事も苦痛だったし
不満も不安も障がいの受け入れも

とにかく私の気持ちの整理をつける長い期間の始まりでした

 

5 療育施設へ送迎する生活リズムに親も子も慣れる生活

療育施設へ毎日車で送迎する生活に変わりました

息子の事は、私にはどうすることも出来ない事ばかりなので
専門のスタッフにお任せするしかない
息子自身には通う事に慣れてもらうしかない
息子と離れる時間があることと、誰かに頼れることが
私の精神的安心感が得られました

 

ただ

『本当は子供たちを保育所へ入れて働きに出掛たかったのに』

という自分への葛藤と
息子を送迎しながら、手をつないで幼稚園へ通う親子の姿を目にして

『息子と手をつないで歩ける日が来るんやろうか…』

って、普通の親子へのうらやましさと
息子が成長するのかどうか検討もつかない
不安で涙することが多い療育1年目

 

療育1年目は楽しい思い出が無く
必死に過ごした1年でした

 

療育1年目は
子供がどの程度成長するのか分からない不安で
気持ちがいっぱいになりますよね

そんな時に、同じ経験をした人と話ができる相手がいるだけで
『自分だけじゃない』
って、気持ちが楽になりますよ

あなたにも身近に話ができるママ友達ができる事を祈っています

私のブログを通して“ブログママ友達”と思って頂けたら嬉しいです

 

 

 

 

 

 

 

 

お教室業を始めたばかりの頃は 自分の夢と、お迎えするお客様へ向けての準備で胸いっぱい ですよね 実際に、教室業を続けてみると、 「経営って?」「集客って?」「認知拡大って?」 と、分からない事が多々発生します 悩みがあっても、それを相談する人もなく お教室業を続けている人達はどのようにしてきたのだろう? という疑問や不安を解決するメルマガを お教室業1年目のママへ向けて配信します