学校休校中に考えた。支援学級在籍の息子は学校で勉強をどの程度学ぶ事が必要なのか?

学校休校中に考えた。支援学級在籍の息子は学校で勉強をどの程度学ぶ事が必要なのか?

息子が自閉症スペクトラムと診断が出た時に、担当主治医から話されていた事は

「大人になった時に、小学3年生程度の学力があれば、日常生活を送ることができます」 でした

小学3年生の学力って・・・?どの程度?

と思ったし、そもそも息子が小学3年生の学力を身につけることができるのか?
という不安もあったし、小学3年生の学力で頭打ちってこと?と悲観的にも考えていました

自閉症の息子の妹が小学3年生になった時に

“ああ、小3(10歳)ってこんな感じなんだ。人とテレビや漫画の話題、友人関係学校の事など会話が楽しめたり、人に物事を説明したり、ボケツッコミで会話にボキャブラリーがあったり、分からないことを質問することができるコミュニケーション力があるよね。”

“自分だけの我を通すのではなく、周りの人の様子を見る力が備わってきたよね。読み・書き・計算ができるよね”

と、確かに、10歳の能力で、生活するだけなら十分大丈夫だと実感することができました


そして、自閉症の息子は、現在小学6年生になりました

学力的なスキルで言うと、発達障がいって得意な事と不得意な事の凸凹がある特性を指すので、3年生程度の学力を満たしているものもあれば、満たしていないものもある。という現在の息子の成長発達になります

この度のコロナによる緊急事態宣言で、約2か月間学校が休校となり、息子は自宅で勉強をしない生活を悠々と過ごしていました

妹ちゃんは、「友達と遊べないのはちょっと暇だな・・・」とも言っていたのですが、息子は大好きなゲームやYouTube、アニメや漫画を見ていたら楽しそうでした

休校中の息子の姿を見ていて、障害のある子供が、学校生活を卒業した後の行き場を探さないと困る という話をふと思い出したんです

支援高校を卒業したのち、就労先や支援施設が見つかって、障がいをもつ人も出かける場所があればいいでしょう

でも、就労先が上手く見つからないかもしれないし、通っている先と会わなくて辞めてしまう事だってありえますよね(普通の子供たちだってニートは沢山いますから)

子どもが支援高校を卒業したのち、通い先がない状態の親の不安な心情って、子供が自分で自分の好きな事しかしない、だらしない生活を送ることが嫌だって事なんだな~

と、ニートになった息子のプチ未来体験をした感覚になりました

そして、改めて大人になった自分の子どもが自宅にいて困ることって何だろう?って考えてみたんですけどね、息子の場合は自宅にいて困ることってないんですよね
だって、親の手をわずらわせることをしないから。

障がいの度合いが、重度であればあるほど、自宅で子供を介助し続ける事が困難な事は理解できるので、行き場があることは親の体力や精神的なケアも含めて必要だよねって想像できます

でも、息子のように、身辺自立ができていて、自分で食事を食べることができて、余暇をゲームで楽しむ能力があるので、私の手を大して必要としないんですよね

子どもがニートとして自宅にいることが困ると考えてしまうのは

障がいがあっても、なくても、“自分の子供が大人になってから働きに出て稼ぐこともせずに、自宅で自分の好きな事しかしない生活がけしからん。”って言う社会の風潮があるからなんじゃないのかな?とも思いました

確かにね、家族とは言え同じ部屋に四六時中一緒に居たら、相手の嫌な部分が目についてイライラしますよ

だから、私は自分の好きな事をするために別の部屋にこもるか、家を出て行くんですね
相手を見ないようにするだけで、相手が何をしていようが気にならないんです

何もしない息子に対して“○○してほしい” “働いて欲しい” と期待してしまうからイライラするんじゃないのかな?と思うのです

でね、私思うんですけど、息子が外で働くことが難しいなら主夫を仕事にしてくれたら十分だって考えています

だって、私は外へ出かけたいし、外で人と会いたいし、家族と四六時中家に一緒に居たくないし、大人になった息子の食事を作ったり、家の掃除や洗濯まで何で母親だけが背負わなきゃいけないんだって思うんですよね~

私は働くことが好きだから、私は働けるまで働いて、家に居る息子には主夫をしてもらって、家事さえ最低限こなしてくれさえすれば、残った時間は自分の好きに過ごしたらいいよ

って、本気でそんな未来像を描いてるんですよ
まあ、これは息子が「働きたくない!家に居たい」って言った場合ですけどね
働きたいなら働いてください( 一一)

息子が家庭の中で、家族の為に主夫という仕事をしてくれることで、私は息子に感謝できるし、私の体力が衰えた時に掃除をしてくれたら助かるし、電球が切れたら交換してくれたら助かります
社会に出ることが難しいなら、慣れ親しんだ家庭や地域で本人ができる事で感謝を受けたらいいと思ってるんです

主夫へのスキル

じゃあ主夫になるためには、息子に何を身につけさせたらいいのか?って考えて、家事練習を少しずつやることにしました

家事のスキルは、息子が一人暮らしをしたいという希望を持った時に必要なスキルだから、できるようになって損はないし、何より私が楽をしたいからです

必要最低限の家事は 掃除・洗濯・食事作り・買い出し・ごみ捨て といったところでしょうか

練習は、本人が簡単にできる事や、興味のあるものから取り組むのが鉄則なので

  • ゴミ出し
  • 食事作り

を、学校休校中に取り組みました

【ゴミ出し】

ごみの曜日を意識する事と、私がゴミ袋にまとめたものをゴミステーションへ置く練習からスタートしました

ゴミステーションには、カラスのイタズラ防止用網があるので、その中にごみを捨てることを気を付けてもらいました

段階を追って、家じゅうのごみを集めて捨てることや、分別など細かいことを覚えられたらいいなと取り組みました

【食事作り】

まず、食事作りのスキルは肉じゃがやら唐揚げやらグラタンやら…手の込んだものを作るスキルは求めません
お惣菜や冷凍食品を購入すれば事足りるからです

私が息子に求めるスキルは、

  • お米を炊飯器に仕かける
  • 朝食の目玉焼きとベーコンを焼く
  • 焼き魚を焼く
  • 家族の味噌汁を作る
  • 野菜を切ってサラダを作る

があれば十分だと考えています

米と野菜と肉を食べていれば死にません
本人が好きなメニューから練習を取り組むと、食べる楽しみが待っているのでやる気を出します
このスキルに決定した理由もちゃんとあって、息子は食材がごっちゃになった食べ物は嫌いなんですよ。煮しめとか、野菜炒めとか…
焼き肉のように単品ずつはっきりしているものを好むし、味付けは 塩・胡椒・醤油 のシンプルなものを好むんです

だから、手間のいらない調理法で完結させて、練習すればできるようになりますよね

元々料理が好きな子供や、食べることが好きな子供はメニューバリエーションをふやせるでしょうけど、息子はシンプルな食べ物が好きなんです(^-^;

主食・タンパク質・野菜 を食べていれば死にません
単純であっても、週間メニューを回すことができれ十分だって思っています
ちょっと変わったものが食べたい時は食べに出かければいいんです

学校では何の学びを求めるのか

そんな風に、「主婦をしてくれればいい」と考えていると
例えば今息子が取り組んでいる漢字の学習がね、小学3年生で習う漢字を覚えられるよう練習をし続けています

小学3年生で習う漢字は200文字あって、どの漢字を見ても、確かに日常的によく使うものばかりですなので、書けなくても読むことができれば簡単な本や雑誌が読めたり、外出した時に街中の看板やお店でメニューを読むことができるようになります

だから、知っていて困ることはありません

でも、息子が2年間、漢字を覚えようと何度も同じ学習している姿を見ていると、なかなか覚えられない息子自身のもどかしさや、そこまでして覚えさせるために労力を使う事が本当に必要なんだろうか?と疑問を持ってしまうんです

私は、文字が書けなくても、読めたらいいと思っています
これからの未来は、紙に書く事はうんと減って、タブレットやパソコンで入力することの方が多くなるでしょう

だから、書き取りをしていて、一つ線が多いとか少ないとか、線が突き抜けていないとか、そんな書き間違いなんてどうでもいいと思っているので、正しく漢字を書く力よりも、読める力を重視させたいと思ってしまうんですね

でも、学校では形式的に漢字ドリルやプリントを使って問題を書き取りや読む学習をします
それが、悪いとも思いません
その方法でできる子供もいるでしょうから

ただ、私の息子の場合は感じの書き取りをさせたところで、見て書いているだけで課題をこなしているだけなんですよね
それって、なん十回も何百回も、やる意味があるんだろうか・・・意味のない写経だな・・・と思ってしまうんです

貴重な子供時代に、そんなに勉強ばかりさせなくても…と思ってしまうようになりました
じゃあ、どんな風に子供に教育をさせたらいいのか?正直分かりません

教科書的に学習させたって、本人が興味関心を持ってくれないと記憶に入らないんですよ
息子本人が普段の生活の中で自然に単語を覚えるしかないんです

日常生活や学校生活の中で人と関わって自分でできることが増えたり、年齢が上がってきているから人に対して何かできる事を増やしたり、学習ではなく人としてできる能力を付けさせたいなと思うのです