「急がなくていい」と思えるようになった理由~自閉症スペクトラム障害を持つ子の育児~
息子が3歳の時に自閉症スペクトラム障害と診断がでてから、私は息子が何とか同級生と同じことができるようになってほしいと療育子育てに猛進していました
ですが、息子が小学3年生になったころ、「周りの子に追いついてほしい」
という気持ちを手放せるようになりました
私が考え方を変えるようになったきっかけがあります
それは、身近な人達との別れや病気でした
若くして亡くなった人。
若くして大きな病気になった人。
若くして重い障害を抱えて生きている人。
そういった方々と関わる中で、私は30代になって初めて真剣に「人生には終わりがある」
ということを考えるようになりました
年老いるまで、何事もなく普通に生活できることが当たり前だと思って自分は生きて来たけれど、健康でいることや、明日も生活できている事が、そうでははないことがある事を知りました
急に大きな病気を患ってしまうこともある。
事故に遭うこともある。
未来は誰にも分からない
だから私は、人生の長さについて考えるようになりました
人生を仮に100歳まで生きると考えるようになると、子供が子供として過ごせる時間はほんのわずかだということが分かりますよね
子供時代の10年って、とっても貴重な時間だということが、ふと人生100年スパンで考えた時にその短さが見えてきました
夢中で鬼ごっこをしたり、虫取りをすること
友達と大笑いしながら無邪気に遊ぶこと
そんな時間は、実は人生の中でほんの数年しかありません
そして、息子の場合、同年代の子供達と一緒に遊ぶ楽しさを感じられるようになったのは、
小学校に入ってからでした
縄跳び。
鬼ごっこ。
虫取り。
大縄跳び。
その遊ぶ姿を見ていて「ああ、今やっと子供らしく遊ぶ楽しさを感じられるようになったんだな」
と思ったんです
それまでの息子は、遊び方も独特で、みんなが砂場で遊んでいても、一人で違うことをしていることもあったし、ブロックを並べ続けたり、同じことを繰り返したり・・・
でも成長と共に、少しずつ遊びの楽しさが分かるようになっていったんです
そんな姿を見ていると、私はこう考えるようになりました
「今、本当に必要なのは何だろう。みんなに追いつくこと?勉強を急ぐこと?
それとも、今しかできない遊びを思い切り楽しむこと?」
私は後者を選びました
机に向かうことは、大人になってからでもできますが、無我夢中で走り回る子供時代は、
今しかない
だから私は、学習も急がないことにしました
『本人が理解できる時に覚えればいい』これが基本
そうして小学校・中学・高校生活に至る現在です
周りの子と同じペースではなくても、確実に成長していることが年々増えました
食べられるものが増えた
身支度ができるようになった
お風呂も一人で入れるようになった
お出かけもできるようになった
時間を見て行動できるようになった
私の手が少しずつ離れていく、その事実が、何よりの成長でした
人生は、100年あるかもしれないし、もしかしたらもっと短いかもしれない
だからこそ、今その子に必要なことを大切にしたい
周りのペースではなく、その子自身のペースで
それが私が子育てを通して辿り着いた答えです