アトリエいろかさね 主宰プロフィール

主宰者 片山良子 です

長男:小学5年生・支援学級在籍(自閉症スペクトラム)
長女:小学3年生
次男:4歳・保育所(グレーゾーン)

3児の子育てと教室運営を両立しながら
自宅で出来る仕事を始めたアラフォーお母さんです

 

マンガ大好きマンガ漬けだった良子のストーリー

 小学生時代

5歳くらいの頃から マンガや アニメが大好きでした
古い記憶にあるアニメのタイトルは
「ララベル」「ミンキーモモ」「ときめきトゥナイト」

小学校時代の休み時間には絵を描く事が多い女の子
小学生時代は、毎日必ず夕方やゴールデンタイムにはアニメが放送されていて
すべて見ていました

一番最初に大好きになったマンガは 『ときめきトゥナイト』
その影響でマンガ雑誌 『リボン』を愛読

小学2年生の頃に、『風の谷のナウシカ』が公開され
その映画を見て衝撃を受けました

当時の私には内容が難しい部分が沢山あったけれど
ナウシカの世界観やキャラクターの魅力に魅せられて
マンガが更に好きスイッチが入りました

 

カギっ子だった私は
お小遣いを貯めて、漫画本を買って読んだり
一人で絵を描いて過ごすことが多く
マンガの道へはまっていく小学生時代を過ごしました

読んでいたマンガの本は
「らんま1/2」
「ときめきトゥナイト」
「ハンサムな彼女」
「姫ちゃんのリボン」
「ねこねこファンタジー」

当時のリボンに掲載されていたマンガが中心です

小学6年生の頃に

“漫画家さんみたいに、絵が上手になりたい
どうやったら様々なイラストが描けるんだろう”

キャラクターの名前を考えてみたり、設定を考えることを始めました

“マンガって、どうやって描くのかな?”

そう疑問を持ちながら、絵を落書きで済まさずに
身近な色鉛筆で完成させたイラストを描く事を始めました

また、「風の谷のナウシカ」の原作漫画がある事を知り
読むと、世界観の深さと絵の美しさに魅了されて
私の中のか弱い女の子の恋愛世界少女漫画時代が終わり
強く戦う、立ち向かう女性の世界感少女漫画が好きになっていきました

 中学生時代

中学校時代は、バレーボール部に所属していました

「美術部ちゃうんかい」と、言われるのですが、
美術部では油彩やコンテ画など、マンガの絵を描けなかったので論外でした

学校の成績は中の下(=_=)

勉強に興味がなく、授業中は
「家に帰ったらどんなイラストを描こうかな~」
というイメージを膨らませている 妄想女子 でした

自宅に帰宅すると直ぐに机に向かいイラストを描く
生活を送っていました

  

遅い時間まで私の部屋の明かりがついていることを
塾帰りの近所の友人が気が付き
「勉強しているの?」と聞かれ
「…マンガ読んでる(^-^;」と、答えていました

絵が好きだったので、描いた絵を友達に見せていました

すると、それを快く思わなかった同級生に
陰口を言われ、プチいじめ を受けたことをきっかけに
自分がマンガを描いていることや得意な事を話すことをやめました

 

でも、 将来は絶対漫画家になる!!

と熱いきもちがあったので、学校ではそれを隠して
学校以外の時間はマンガ一色の学生生活を送っていました

中学1年生の頃に 「美少女戦士セーラームーン」が始まり
めっちゃ見ていました
小学生対象のマンガだったので、同級生に話すと陰口を言われることを恐れて
「セーラームーン好き」とは話していません

漫画家:CLAMP作品と出会い、私の求めていた世界観に刺さり
大ファンになり、絵の影響を受けまくりました
CLAMP作品の追っかけも始まりました

 高校時代

高校受験も終わり、学校以外の時間は再びマンガ漬けの学生でした

部活は ソフトテニス部。

高校には「文芸部」という、マンガや小説の部活があったのですが
中学時代に自分がマンガを好きであることを隠してきたことや
またいじめられたらという気持ちと
マンガは家でも描けるから、家でできない事をしたいと思って
運動部に入っていました
(今でもテニスは時々楽しむスポーツです)

 

中学2年生の頃に
「マンガの描き方」という基礎の本と出会い、
本を見ながら独自でマンガ技法を練習を始めました

高校生の頃には、マンガ雑誌社から「マンガの描き方」という本が
続々と出版されるようになり、ノウハウを知ることができました

マンガの画材をお小遣いで買い集められるような年齢になり
つけペンやスクリーントーン、カラーインクを集めていました

漫画家が使っている画材を使って実際に描いてみても
本にあるようにうまくいかず、マンガ技術の難しさに四苦八苦

ストーリーを考えることも始めたけれど、
1作を「終わり」につなげるまでの難しさを知りました

イラストを仕上げる事と、マンガを1作描き上げる事は
やるべき絵の技術内容が全く違います

漫画家さんって、絵が万能ですごい!
話を考えるって、すごい!
人にインパクトを与えるコマ割りって難しい!!

そんな、書き手目線でマンガの本を読むように変わり
ストーリーのあるマンガを描き始め
出版社へ作品を投稿するようになりました

↑始めて投稿した漫画の表紙
角川書店 『ASUKA』に投稿しました
評価はBクラス。

絵が上手くなりたい気持ちから
京都精華大学 美術学部デザイン学科(当時のマンガ専攻)へ大学進学先を決めました

私はもともと、“絵はどこでも描けるから
大学は管理栄養士資格を取得できるところへ進学しよう”
と高校時代を過ごしていたのだけれど

「でも、本当にしたい事って、それなの?ちがうよね」

と言う気持ちが強くなり、高校3年生から美術大学へ向けた勉強を始めました

 

小さいころからず~~~っと独自でマンガイラストを描いてきたけれど、
本格的に絵を習い始めたのは高校3年生

4年生の美大受験を目指すには遅すぎるスタートでした

デッサンの予備校へ行くと、みんなもっと前からデッサンを習っていたり
美術部所属していたりしていて
私のように、マンガマンガしていない人ばかり

デッサンは全然面白くなかったけれど、大学へ行くために努力するしかない

デッサンばかりで、マンガイラストが描く時間がなくて辛い…
そんな受験生でした

入試までたった半年しかない間に、どれだけ技術を伸ばすことができるのか…
スタートが遅すぎた私は

第一志望である京都精華大学の推薦入試には
《色彩構成》の課題と《意気込みの作文》のみ
デッサンが課題になかったので、推薦入試にかけました

今まで、イラストを描き続けてきて色を使う事が好きだったことが実を結んだのか
推薦入試で無事、合格!

私も両親も 奇跡!! と喜びました

 美術大学時代

大学へ入学してからが苦労しました

同級生は、美大へ向けてデッサンを何年も描いてきた
基礎ができている人ばかり

私は、その基礎経験が足りていない状態

大学では、劣等生でした(>_<)

 

劣等生ではあったけど、入学した物勝ちです

絵の上手い同級生の良い刺激を沢山受けながら大学では
恋愛そっちのけで絵を描きまくり
人物デッサンの基礎力を付けました

バイトでお金を貯めて東京の出版社へ持ち込みに行ける年齢になり
何度か足を運びました
これまでに投稿・持ち込みをしてきた出版社は
集英社・小学館・講談社・角川書店・白泉社……

私にとって 東京は旅行でも観光でもなく
東京=出版社 です

大学には、マンガ好きな人も多いし
マンガを投稿している人も他にいたし
マンガ好きな事を話しても“オタク”と言われないから隠さなくてもいいし
絵のマニアックな話ができる友人が多くいたし

自分の好きな事を追求できる大人になっていたので
好きな作家さんのイベントへ行ったり
絵の原画展へ出かけたり
自衛隊に興味もあったので、大学生向けの体験ツアーなる物へ参加したり(*‘∀‘)

 

自分のやりたいことを思うままにしてきた
人生の中で幸せな大学4年間を過ごしました

 

ご縁があり
アートスクール予備校のアルバイトを1年間経験

思い返せばこの頃に、人に教える事をしていた私です

自分の所属している大学の専門科に入学したい受験生の担当をさせて頂いたので
生徒達の必死の思いを過去の受験生時代の自分に重ねて
生徒達に合格して欲しくて、真剣に絵のアドバイスをしました

 

 社会人→出産→育児

社会人になり普通の事務員をしながら
自宅ではマンガを描いて投稿する生活は
変わらず続けていました

自分の漫画以外にも漫画アシスタントを経験してみたり

イラストレーションのグループ展を3度開催しました

  

 

そんな社会人時代でしたが漫画家デビューすることは出来ず
結婚・出産のため、
自由に絵を描く生活から離れてしまいました

自分が絵を描かない日が来るなんて考えもしなかった事です

 

自分の子供を育てる中で
マンガが好きな子供たちや
絵の好きな子供たちに絵を教える教室が出来たらいいのにな
漠然とそう考えるようになっていました

 

第二子を出産し
子育てのしんどさやイライラがつのる日々が続きました

子供と一緒にお絵かきをしたり、
アンパンマンなどテレビで楽しめる生活を描いていたのに
なぜそれが出来ないのだろう…

 

なんだか変…
長男の発達に違和感を感じていた結果

自閉症スペクトラム であると
診断が出た事によって私の生活は更に一変しました

 

療育子育てに専念する生活に変わり
“今は自分の自由を捨てる時期だ”

と、自分に言い聞かせて療育子育てをしていましたが

不安で寂しい気持ちと
私が頑張らないで誰が何とかしてくれるの?

そんなプレッシャーで毎日を過ごしていました

 

アート教室を始めるに至るまで

“絵画教室で子供たちに絵を教えたい”

教室を始める前はそんな 私主体 の夢を持っていました

 

息子を通して療育先の子供たちと触れる貴重な経験を重ねる中で

“言葉で自分の気持ちを伝えることが難しい子でも
色や形で自分の気持ちを表現することで気持ちを伝えることが出来る!
絵は言葉がない人でも気持ちを伝えるツールになる!
困り感のある子供たちが自己表現できる場所を作れたらいいのに”

という気持ちが芽生えました

 

息子の障がいが分かってから
普通では出会う事の無かった人たちと出会い
沢山の方から支援を受け
これまで関わることのなかった未知の世界を知ることが出来ました

それは、自分をものすごく成長させてくれる
素晴らしい経験をすることができ
息子を授かって良かったと思えるようになりました

 

子育てがスムーズに進みだした頃

『私に出来る事はないか? 

私に出来る事で行動して生きたい』

そう考えるようになりました

 

絵画教室を通して、障がいのある人も、定型の人も
当たり前に同じ空間で、同じ趣味を共有し、お互いに尊重しあえる
そんなバリアのない空間を作りたい

ポーセラーツ教室を通して
同じ悩みを持つお母さん達の集える場や
コミュニティ作りの場にしたい
お母さん達にも楽しい時間を提供したい

そんな強い想いが大きくなり
自宅で 『アトリエいろかさね』を始めることに決めました

 

今は おうち教室 という小さな空間ですが
私にできることを一つ一つ積み重ねて
長男の子育てで沢山支援を受けて助けられた恩を
アトリエに来室する生徒様を通してお返ししていきたい
という想いで運営しています

 

 

アトリエいろかさね 実績

2015    育児中にポーセラーツインストラクターを取得(3年かかりました(^^;)
2017・2月 アトリエいろかさね 開業届提出
2017・5月 放課後児童デイサービス“ニーム”様 ポーセラーツ開催
2017・9月 アトリエいろかさねOPEN
2017・11月 一般社団法人マイライフデザイン協会転写紙デザイナー®︎
fullMOON としてデビュー 転写紙「yuury」出版
2018・1月 転写紙「Music」出版
2018・2月 パンカフェ“はなよさく”様 ポーセラーツ体験会開催
2018・3月 転写紙 「トリコロール・シリーズ 3種」出版
2018・4月 放課後児童デイサービス“ニーム”様 おやこポーセラーツ開催
2018・4月 放課後等デイサービス“いろえんぴつ”様 こどもポーセラーツ開催
2018・4月 パナホーム兵庫様 ポーセラーツ体験会開催
2018・5月 転写紙 「REX!!」出版
2018・7月 転写紙 「レモン×デイジー」出版
2018・8月 明石市西大窪厚生館にて 「夏休み宿題絵画教室」講師担当
2018・8月 放課後児童デイサービス“いろえんぴつ”様 こどもポーセラーツ開催
2018・8月 パナホーム兵庫様 おや子でポーセラーツ体験会開催
2018・9月 放課後児童デイサービス “おおぞらのいえ”様
おおぞらシンポジウムシンポジストとして講演
2018・10月 キルンアート協会 2018ポーセラーツ作品展 ふたもの出展
2018・10月 小学校PTA様 おや子ポーセラーツ体験会開催
2018・12月 放課後児童デイサービス “みんなの居場所ニーム”様
クリスマスポーセラーツ体験会開催

2019・1月 パナホーム兵庫様 おや子でポーセラーツ体験会講師担当
2019・1月 明石市発達支援センター 「就学前・就学後の話を保護者へお伝えする会」で先輩お母さんとして話す
2019・8月 明石市西大久保厚生 “夏休み宿題絵画教室” 講師担当
2019・8月 子供会様 “こどもポーセラーツ体験会” 開催