一人一人のお客様を大切にできる個人サロンの強み

私が所属しているTiara Business Academy の2019年11月セミナーは
自宅でエステサロンを経営する安藤香織さんの講義でした

個人サロンビジネスを成功している香織さんが、どういった経営の道を歩んできたのか?

自分の時間と家族の時間もうまく管理しながら
地域やビジネス仲間との繋がりづくりに活動的に行動し
自分が楽しめる事を我慢しない生き方をしていらっしゃいます

個人でお教室業・サロン業を営むのであれば、とっても参考になるお話です

大好きなお客様の為に

安藤かおりさんは 大手エステサロン “高野ビューティークリニック” 勤務後
自宅でエステサロンを開業し、お客様に愛され、今ではエスティシャンを育てる側として
日々行動的に活躍されています

その道のりがどういったものだったのかをお話し下さいました

 

私自身も、お教室を自宅で運営する身として
お客様に来ていただくためにどうしたらいいの?(集客)
お客様にリピートされるために、どうすればいいの? と、手探りで運営してきました

集客のノウハウはあれど、
リピートして頂くためのノウハウは習って身につくものではありません

 

香織さんがお話していた事は
個人の内から出てくる “お客様への向き合い方” や
“一人一人のお客様を大切にすること”
“求められていることを見切り発車でもやってみる事”……

そのように、個人サロンだからこそできる事を一つ一つサービス提供していくんだと話されていました

 

そこは私もすっごく共感するところだな~とお話を聞いていました

 

お金を頂きながら学ぶべき

「自分で何かをやってみたいなら、お客様にサービスを提供しながら学ぶ事が一番の近道」

いくら机に向かって知識を勉強していたとしても、実際にお客様と接した時に

知識として学んだスキルが生かされない事が多い

お客様へ接する事って、不安もあるけれど、実際にサービスを提供するほうが

自分のスキルは上がります。とおっしゃる香織さん。

 

本当に、そう。

知識だけでは業務にならない。
お客様一人一人の個性に接することで、こちら側が経験をさせて頂いていると

私も常にその気持ちをもって、生徒さんへ接しています

香織さんのお話を聞くことで、本当にそうだよねって再確認しました

一人経営って、自分がこれであっているのか正直分かりません。

正解も不正解もなく、自分のその都度の判断でお客様に喜んで頂けるのか、いまいちだったのか?

その場勝負です

 

行動力の源は

「刺激のない日には戻りたくない」という気持ちがあるからこそ

エステサロンを退職後は、0歳の赤ちゃんをエルゴ(おんぶ紐)でおんぶしながら

お客様へ施術をしていたぐらい、パワフルな香織さんです☆

 

個人のサロンは自分に自信を持つこと

安藤さんは独立したからこそ、大手エステサロンで働いていた時には

「会社のブランド」

に守られていた自分が居たことに気が付いたとおっしゃいます

セレブなお客様からのご指名もいただいていたけれど
お客様は“セレブ感を味わいたい”方もいたこと

 

でも、個人でサロンをすることは、ブランドはありません

自分自身に自信を持って経営する事が大切だとお話下さいました

 

そのために、他のサロンにリサーチに行って、どんな施術をしているのか?

どんなサービスをしているのかを研究されたそうです

個人でも素晴らしい技術を持っている方もいれば、それほどでもないけれど経営している人

様々なやり方があることをリサーチしたと言います

 

大手で勤めていた時には限られた時間の中でしかお客様へ施術ができない環境だったが

個人のサロンでは、一人一人のお客様と親密にかかわる事ができる強みを知ったそうです

 

私たち個人で教室をする者は、スキルはもちろんあって当然なのですが

スキル以外にお客様へ提供できるモノ

そこに価値を求めてお客様はリピートして下さいます

スキルだけを持っている人は世の中沢山いるので

〇 趣味が合うとか
〇 人として空気感が合うとか
〇 気を使わなくていい関係性だとか

付加価値を主催者個人に求めて来てくださっているんですよね

 

お客様が付加価値に喜びを感じて下さっている。

これが、個人でしなければならない事だし
個人だからこそ細やかな配慮ができる強みだと私自身も思っています

 

香織さんは、なによりお客様が大好きで
お客様に「ありがとう」と言って頂けることが幸せだという気持ちが強い方

お客様に良いと思う本や、ダイエットグッズ類を紹介したり貸し出ししたりするなど
細やかなサービスをしていた事で、お客様にも愛され
お客様が絶えないサロンとなっていました

 

同業の上司や先輩からは

「独立して、子供もいるのに、なぜお客様を呼べるの?」

と質問されたことがあったようです

 

その質問をした方の気持ちが、私にもよ~く分かります。

個人で開業すると、「どうやって自分の存在を認知拡大すればいいのか?
多数存在する同業他社のライバルが存在する中で
お客様に自分のサロンを選んで来ていただくにはどうしたらいいのか?」

集客に悩んでいる人の方が圧倒的に多いからです

 

香織さんは、その当時、その「なぜ?」に対してうまく応える事ができなかったとおっしゃいます

そして、その憧れの先輩上司は素晴らしい技術を持っているにもかかわらず
退職後はエステと関係のないパート職をして収入を得ているという現実がありました

 

スキルを持っていても、
それを生かして個人で仕事にすることはどれだけ難しい事か

 

それは私自身、身をもって体験しています

 

個人でサロン経営をしていて、根底にお金の為とか利益だけを考えていたら
お客様はそれを察します

個人経営だからこそ、一人一人の悩みに答えたり
頂くお金以上の価値を与える事はとっても大切だし

自分のしている活動を周りに話すことも大切だし
自分を応援してくれる人との繋がりが次の御縁に繋がると
お話していました

 

TBAで学んだ強み

がむしゃらにエステサロンを経営し続けて、これまで

「なんでそんなことができるの?」と聞かれたことに対して
上手く返答できない苦い経験があった香織さんですが

TBAでビジネスを学ぶ事で、
自分がしてきた事を言語化して伝えられる自分に変わったとおっしゃっていました

「エステの施術を習いたい」

というお客様からの声を受けて
人にスキルを教える事を考えたこともなかったけれど
3名の方が習いたいと言って下さっているから
それならやってみようと準備をまとめて始めたと言います

自分には無理かも… と、お断りするのではなく
見切り発車でもいいからやってみることが大事だということでした

 

実際に教えて行く中で、香織さんは施術を教えるためにエステのコンテンツをつくったものの
“ホットタオルのたたみ方” や “お客様にはタオルをかけて施術する” など
香織さん自身が当たり前だったそんなことが、
受講生側からしたら学びになっていて驚きがあったと言います

それも、実際に受講生に接してこそ分かる生徒さんの悩みですよね

 

それは、私にも思い当たります。

絵や漫画のスキルをあれもこれも生徒さんに知って欲しいし
漫画家さんが使っている “つけペン”を使ったら本格的なイラストが描けるよって
追及したら面白いよって伝えたいけれど

初心者の生徒さんが得たいものはそんな難しいスキルじゃなくて
絵を楽しく描きたかったり
分からない所をほんのちょっとアドバイスがもらえたらそれでいい

そんな具合で、高度なスキルがすぐに欲しいわけじゃなかったんです(^-^;

 

また、安藤さんは生徒さんに喜んでほしくて
「特典としてワードプレスの立ち上げをお手伝いしますよ。」
とか、TBAで学んだビジネススキルをご自身でも動画を作り
コンテンツの中に入れているとの事ですが

生徒さんはまだビジネススキルについては関心がなく
施術の方に一生懸命だったので
必ずしも特典が必要なわけではなく
サービスがしっかりあればいんだという感想を述べていました

 

チャンスは沢山転がっている!!

ただ、チャンスをつかむ準備ができていないと掴めない

 

人から求められたらまずやってみる事だと香織さんはおっしゃいました

「まだ、その時じゃない」「私には難しい…」って、
後回しにしない精神を持つことが大切で
見切り発車でもいいんだということを、ご自身の経験を踏まえてお話下さいました

 

また、自分が関心のあるビジネス仲間に会いに行く、興味のある人へ会いに行く
お世話になった人へお礼をしに会いに行く

そういった行動をとにかくされている香織さんです

行動して人と会い、人と繋がることで自分の仕事の幅が増える事や
仕事を依頼されるようになった事
依頼された仕事を中書せず受けてみる事で自分のビジネスの幅が広がる事

そういったビジネス展開があることをお話下さいました

個人サロンの未来

香織さんの今は、エスティシャンを育てる側のお仕事をしていらっしゃるそうです

そして、店舗を増やす経営者側になるお話をしていました

私は「エステを施術することが好きすぎるのに、ご自身で施術をしたいなって思わないですか?」
と質問しました。

現場が大好きな教師が管理職を選ばすに定年まで担任を受け持つ人とかいますよね
そんな感覚はないのか?心境はどうなんだろうと思って質問したんです

 

香織さんは「後輩が大好きで、人を育てる事も大好きなんです」とおっしゃっていました

なるほど~!!

人を育てて、自分が育てた信用のおけるエスティシャンに、お客様をご案内する

そんな経営の流れなんだ~~!!

それこTBAで学んでいる “仕組みを作って経営者になる!” です

自分が直接労働するのではなく、
人を育ててエステサロンという会社組織やシステムをつくっていくんだ~~って
彼女の滋養としていることにすっごく驚き、行動力と思考力に尊敬しました

 

個人でサロン・教室を長く経営を続けるためには

お客様に愛される講師先生になる事

そうなるために、お客様一人一人を大切にすること

お客様に求められたことは見切り発車でもいいからやってみる事

少し未来の経営を描く事

 

そうして人は成長していくのだと、香織さんの姿を見て思いました

 


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~ アトリエいろかさね主宰 リョウコのプロフィール ~

主宰者 : 片山良子 1978年生まれ

長男:小学5年生・支援学級在籍(自閉症スペクトラム)
長女:小学3年生
次男:4歳・保育所(グレーゾーン)

3児の子育てと教室運営を両立しながら
自宅で出来る仕事を始めたアラフォーお母さんです

◇ 京都精華大学美術学部デザイン学科マンガ専攻 2001年卒

◇ 大学4年生時“京都アートスクール”にてアルバイトを1年間経験する

◇ 大学生から社会人時代に 個展・グループイラスト展を3度開催

◇ 大学生から社会人時代にマンガを投稿した作品 約20作

◇ 出版社へ持ち込み経験 『集英社』『講談社』『小学館』『白泉社』『角川書店』

◇ 2007年 地域施設で1年間小学生対象にアート教室のボランティア活動をする

◇ 2015年 ポーセラーツインストラクター資格取得

 

~ マンガ大好きマンガ漬けだった良子のお話 ~

【小学生時代】

5歳くらいの頃から マンガや アニメが大好きでした

古い記憶にあるアニメのタイトルは
「ララベル」「ミンキーモモ」「ときめきトゥナイト」

小学校時代の休み時間には絵を描く事が多い女の子
小学生時代は、毎日必ず夕方やゴールデンタイムにはアニメが放送されていて、ほぼすべて見ていました

一番最初に大好きになったマンガは 『ときめきトゥナイト』
その影響でマンガ雑誌 『リボン』を愛読

小学2年生の頃に、『風の谷のナウシカ』が公開され
その映画を見て衝撃を受けました

当時の私には内容が難しい部分が沢山あったけれど
ナウシカの世界観やキャラクターの魅力に魅せられて
マンガが更に好きスイッチが入りました

カギっ子だった私は
お小遣いを貯めて、漫画本を買って読んだり
一人で絵を描いて過ごしたり

夏休みの午前中に放送されていた「夏休みこども映画大会」
があったことで、暇な時間を過ごすことができていました

当時は、家庭にビデオデッキがまだ普及する前。

夕方にもアニメを放送していることが多く
習い事を週1回しかしていなかった私にとって
親がいない放課後時間や学校長期休暇中は
テレビやマンガ本を通して
マンガの道へはまっていく小学生時代を過ごしました

小学生時代に、すごく好きで読んでいたマンガの本は
「らんま1/2」
「ときめきトゥナイト」
「ハンサムな彼女」
「姫ちゃんのリボン」
「ねこねこファンタジー」

当時のリボンに掲載されていたマンガが中心です

 

小学6年生の頃に

“漫画家さんみたいに、絵が上手になりたい
どうやったら様々なイラストが描けるんだろう?”

キャラクターの名前を考えてみたり、設定を考えることを始めました

“マンガって、どうやって描くのかな?”

そう疑問を持ちながら、絵を落書きで済まさずに
身近な色鉛筆で完成させたイラストを描く事を始めました

また、「風の谷のナウシカ」の原作漫画がある事を知り
読むと、世界観の深さと絵の美しさに魅了されて
私の中の “か弱い女の子の恋愛世界少女漫画時代” が終わり
“強く戦う、立ち向かう女性の世界感少女漫画” が好きになっていきました

【 中学生時代 】

中学校時代は、バレーボール部に所属していました

「美術部ちゃうんかい」と、言われるのですが、
美術部では油彩やコンテ画など、マンガの絵を描けなかったので論外でした

勉強に興味がなく、授業中は
「家に帰ったらどんなイラストを描こうかな~」
というイメージを膨らませている 妄想女子 でした

自宅に帰宅すると直ぐに机に向かいイラストを描く
生活を送っていました

だから、学校の成績は中の下(=_=)

    

夜遅い時間まで私の部屋の明かりがついていることを塾帰りの友人が気が付き
「勉強しているの?」と聞かれ
「…マンガ読んでる(^-^;」と、答えていました

絵が好きだったので、描いた絵を友達に見せていました

すると、それを快く思わなかった同級生に

“絵が上手い事を自慢している”と
陰口を言われ、プチいじめ を受けたことをきっかけに
自分がマンガを描いていることや得意な事を話すことをやめました

 

でも、 将来は絶対漫画家になる!!

と熱い気持ちがあったので、学校では自分が絵を描いていることをを隠して
学校以外の時間はマンガ一色の学生生活を送っていました

 

中学1年生の頃に 「美少女戦士セーラームーン」が始まり
めっちゃ見ていました
小学生対象のマンガだったので、同級生に話すと陰口を言われることを恐れて
「セーラームーン大好き」とは話していません

漫画家:CLAMP作品と出会い、私の求めていた世界観に刺さり
大ファンに(*^-^*) 絵の影響を受けまくりました
CLAMP作品の追っかけも始まりました

 

 

【 高校時代 】

高校受験も終わり、学校以外の時間は再びマンガ漬けの学生でした

部活は ソフトテニス部。

高校には「文芸部」という、マンガや小説の部活があったのですが
中学時代に自分がマンガを好きであることを隠してきたことや
またいじめられたら… という気持ちと
マンガは家でも描けるから、家でできない事をしたいと思っていて
運動部に入っていました
(今でも時々楽しむスポーツです)

 

中学2年生の頃に
「マンガの描き方」という基礎の本と出会い、
本を見ながら独自でマンガ技法を練習を始めていました

本を見ながら、独自でマンガ技法を練習しながら
高校生の頃にはマンガの画材を集めたくて
お小遣を駆使して
つけペンやスクリーントーン、カラーインクを集めていました
画材って効果なんですよね(^-^;

カラーインク1色500円
スクリーントーン1枚300円

1色では絵が描けないのでせめて5色は集めたいけど…
スクリーントーンの種類もバリエーションが欲しいし…
でも、新刊コミックが今月は5冊も販売されるし…

お小遣いを、自分のお洒落やおやつに使う事はほとんどなくて
マンガ関連や、アニメグッズにつぎ込んでいました

 

ストーリーを考えることも始めたけれど、
1作を「終わり」につなげるまでの難しさを知りました

イラストを仕上げる事と、マンガを1作描き上げる事は
やるべき絵の技術内容が全く違います

ただ、可愛いキャラクターを描けばいいわけじゃない

学園物のストーリーを描こうとしても
「学校の校舎ってどういう形をしていたっけ?」
「階段って描くの難しな」
「何気ない街中の風景を描くって大変!」

漫画家さんって、絵が万能ですごい!
話を考えるって、すごい!
人にインパクトを与えるコマ割りって難しい!!

そんな、描き手目線でマンガの本を読むように変わり
ストーリーのあるマンガを描き始め
出版社へ作品を投稿するようになりました

↑始めて投稿した漫画の表紙
角川書店 『ASUKA』に投稿しました
評価はBクラス。

 

絵が上手くなりたい気持ちから
京都精華大学 美術学部デザイン学科(当時のマンガ専攻)へ大学進学先を決めました

私はもともと、“絵はどこでも描けるから
大学は管理栄養士資格を取得できるところへ進学しよう”
と高校時代を過ごしていたのだけれど

「でも、本当にしたい事って、それなの?ちがうよね」

と言う気持ちが強くなり、高校3年生から美術大学へ向けた勉強を始めました

 

小さいころからず~~~っと独自でマンガイラストを描いてきたけれど、
本格的に絵を習い始めたのは高校3年生

4年生の美大受験を目指すには遅すぎるスタートでした

デッサンの予備校へ行くと、みんなは中学生から美術部だったとか、高校1年生の時からデッサンを習っている人ばかり
私のように、マンガマンガしていない人…

デッサンは全然面白くなかったけれど、大学へ行くために努力するしかない

デッサンばかりで、マンガイラストが描く時間がなくて辛い…
そんな受験生でした

入試までたった半年しかない間に、どれだけ技術を伸ばすことができるのか…
スタートが遅すぎた私は

第一志望である京都精華大学の推薦入試には
《色彩構成》の課題と《意気込みの作文》のみ
デッサンが課題になかったので、推薦入試にかけました

今まで、イラストを描き続けてきて色を使う事が好きだったことが実を結んだのか
推薦入試で無事、合格!

私も両親も 奇跡!! と泣いて喜びました

 

【 美術大学時代 】

大学へ入学してからが苦労しました

同級生は、美大へ向けてデッサンを何年も描いてきた基礎ができている人ばかり

私は、その基礎経験が足りていない状態で
大学では、劣等生でした(>_<)

小さいころから学校では “絵の上手い人” だった私が
美術大学では “フツーレベルの人” になってしまったんです

衝撃と悔しさと痛烈な劣等感…

 

劣等生ではあったけど、でも入学した物勝ちです

「這い上がるしかない!」

絵の上手い同級生の良い刺激を沢山受けながら大学では
恋愛そっちのけで絵を描きまくり
人物デッサンの基礎力を付けました

 

バイトでお金を貯めて東京の出版社へ持ち込みに行ける年齢になり
何度か足を運びました
これまでに投稿・持ち込みをしてきた出版社は
集英社・小学館・講談社・角川書店・白泉社……

私にとって 東京は旅行でも観光でもなく 東京=出版社 です

 

大学には、マンガ好きな人も多いし
マンガを投稿している人も他にいたし
マンガ好きな事を話しても“オタク”と言われないから隠さなくてもいいし
作画技術のマニアックな話や
画材の使い方のマニアックな話ができる友人が多くいました

自分の好きな事を追求できる大学生時代は
好きな作家さんの原画展やサイン会などのイベントへ行ったり
自衛隊に興味もあったので、大学生向けの体験ツアーなる物へ参加したり(*‘∀‘)

 

自分のやりたいことを思うままにしてきた
人生の中で幸せな大学4年間を過ごしました

 

ご縁があり
アートスクール予備校のアルバイトを1年間経験

思い返せばこの頃に、人に教える事をしていた私です

自分の所属している大学の専門科に入学したい受験生の担当をさせて頂いたので
生徒達の必死の思いを過去の受験生時代の自分に重ねて
生徒達に合格して欲しくて、真剣に絵のアドバイスをしました

 

【 社会人→出産→育児 】

大学卒業後は、契約社員として普通に事務員をしながら
自宅ではマンガを描いて投稿する生活を、相変わらず続けていました

自分の漫画以外にも漫画アシスタントを経験してみたり

イラストレーションのグループ展を3度開催しました

第一子を妊娠中の1年間は、地域施設で小学生に絵を教える教室があり
その先生のお手伝いをするボランティア活動をしていました

    

 

そんな社会人時代でしたが漫画家デビューすることは出来ず
結婚・出産のため、
自由に絵を描く生活から離れてしまいました

自分が絵を描かない日が来るなんて考えもしなかった事です

 

自分の子供を育てる中で
「マンガが好きな子供たちや
絵の好きな子供たちに絵を教える教室が出来たらいいのにな」
漠然とそう考えるようになっていました

 

第二子を出産し
子育てのしんどさやイライラがつのる日々が続きました

子供と一緒にお絵かきをしたり、
アンパンマンなどテレビで楽しめる生活を描いていたのに
なぜそれが出来ないのだろう…

 

なんだか変…
長男の発達に違和感を感じていた結果

自閉症スペクトラム であると
診断が出た事によって私の生活は更に一変しました

療育子育てに専念する生活に変わり
“今は自分の自由を捨てる時期だ”

と、自分に言い聞かせて療育子育てをしていましたが

不安で寂しい気持ちと
私が頑張らないで誰が何とかしてくれるの?

そんなプレッシャーで毎日を過ごしていました

 

 

【 アート教室を始めるに至るまで 】

“絵画教室で子供たちに絵を教えたい”

教室を始める前はそんな 私主体 の夢を持っていました

 

息子を通して療育先の子供たちと触れる貴重な経験を重ねる中で

“言葉で自分の気持ちを伝えることが難しい子でも
色や形で自分の気持ちを表現することで気持ちを伝えることが出来る!
絵は言葉がない人でも気持ちを伝えるツールになる!
困り感のある子供たちが自己表現できる場所を作れたらいいのに”

という気持ちが芽生えました

 

息子の障がいが分かってから
普通では出会う事の無かった人たちと出会い
沢山の方から支援を受け
これまで関わることのなかった未知の世界を知ることが出来ました

それは、自分をものすごく成長させてくれる
素晴らしい経験をすることができ
息子を授かって良かったと思えるようになりました

 

息子も小学生になり、子育てがスムーズに進みだした頃

『私に出来る事はないか? 私に出来る事で行動して生きたい』

そう考えるようになりました

 

絵画教室を通して、障がいのある人も、定型の人も
当たり前に同じ空間で、同じ趣味を共有し、お互いに尊重しあえる
そんなバリアのない空間を作りたい

そんな強い想いが大きくなり
自宅で 『アトリエいろかさね』を始めることに決めました

 

今は おうち教室 という小さな空間ですが
私にできることを一つ一つ積み重ねて
長男の子育てで沢山支援を受けて助けられた恩を
アトリエに来室する生徒様を通してお返ししていきたい
という想いで運営しています