自分を認めて・自分を許して・自分を好きになる

私が所属している女性起業家の “ Tiara Business Academy” 10月東京セミナ―へ参加してきました

その登壇者2名の講義内容を私の感想も含めてまとめています

 

仕事も家族との生活もハッピーであるために

登壇者の 兵頭沙弥 さんは 2歳と5か月という、お母さんの手が常に必要二人の子供を育てながらも

自分の好きな仕事に、仕事への学びに、家族と楽しむ生活と自分の楽しむ時間を

自分自身で気持ちのコントロールをして幸せな生活を送っていらっしゃいます

 

なぜ、彼女は仕事も子育ても忙しい中で、常に幸せでいられるのか
その秘密と解決方法・自分のビジネスの目標設定の方法をお話されました

家庭のある女性がバリバリ働く中で
どうしてもお母さんは自分の好きな事を犠牲にしてしまいがちですよね

 

例えば、

自分の洋服は絶対にセールでしか買わないし、ユニクロでいいし、リサイクルショップで買えばいい。
なんなら、もう何年も服を買っていないかも……
でも、子供には新しいカワイイ洋服を買ってあげたい

はたまた

子供には習い事をいくつもさせるけれど、お母さんは自分のやってみたい習い事を我慢する

季節ごとにアイシャドーやチークの色を変えたいけれど
通年使える色をずっと使って、化粧品代を子供の文房具代にしようと考えたり…

 

毎日の食事作りも、洗濯も、掃除も、

女性だから・お母さんだから

ってやっているけれど、私は家事を好きでやっているんじゃないし…

本音を言えば、たまには子供と離れてエステや温泉、ショッピングを楽しんで
一日ゆっくりリフレッシュしたい

 

自分の好きな事を我慢して我慢して、我慢しまくって家庭を回すお母さん達

私もその一人のお母さんです

どんなに疲れていても、子供が夜に調子を崩せば急いで病院へ連れて行くし
朝ゆっくり寝ていたくても、子供が「うんこ」と言って起きてきたら
おしりをキレイにしてあげないとけないし…

 

 

お母さんはこうして小さなストレスを積み重ねて日々送っているのですが
私たちビジネスをしている側の人間が
ストレスや不安、不満を抱えた気持ちでお客様に対して幸せを提供することは出来ない

お客様に幸せを提供するためには

自分自身が一番幸せでいないといけない

 

そうでないと、幸せなビジネスを続ける事はできないし
お客様だって不幸せな人の元へ行きたいとは思わないよね

 

という彼女の発信に
当たり前の事だけれど、改めて気づかされました

自分自身が一番幸せでいるためには

自分で自分の気持ちをコントロールする力が大切 です

 

では、どうしたら自分のこのモヤモヤイライラした気持ちをコントロールできるのでしょう

目標設定を具体的に明確にするために

「こういう自分になりたい!」

「こういう未来を手に入れたい」

 

そう思い描いてビジネスをするわけですが
その目的地にたどり着くまでの道のりを迷わないためにすることがあります

 

グーグルマップで言うと、“現在地” と “目的地” を入力することで
“ルート”が出てきますよね

ビジネスの進め方についても、自分自身の

“現在地 → 正しいルート → 目的地”

を設定する必要があります

 

それは分かっているけれど、日々の生活や、仕事以外の誘惑、自分の気持ちの揺れ、遊びの誘惑があると
思うようにゴールにたどり着かないんだよ~! ですよね。

そのために、 現在地 → 正しいルート → 目的地 を知る事をしてみましょう

 

脳の記憶

あなたは自分の性格をどのように把握していますか?

優しい人?かたくなな人?ルーズな人?生真面目な人?…

 

まずは、自分の幼少期まで遡って
自分がどんな考えでどんなことをしてきて今に至る自分なのか?
自分を知ることをします

 

私たちは、今現在の年齢までの記憶の結果を総動員して物事を選択し、行動しています

自分の知らない事や経験した事のない事から、
今ある事を選択して行動することは、知りえないからあり得ません。

脳の記憶・知識の範囲で今考えて行動しているというのです

「私のこの性格や考え方は、どこからきているの?」
「私の価値観の捉え方はどういう経緯でできているの?」

 

それを考える事で、“自分が何者なのか” を分かっていれば
自分の思考の癖が分かります

 

自分の足かせを外す

人間の脳が最重要視している思考があります

何だと思いますか?

 

 

私は、 快楽 だと思っていました

美味しい物を食べるとか
気持ちの良いお風呂へ入るとか
そういった、体や心が幸せを感じる事だと思っていました

 

実は

 

【 死なないこと 】

だというのです

 

そう言われれば、そうですよね

動物として、生きる事が最も最重要

脳は、死なない事を最優先にするために
現状維持の状態をもっとも好みます

新しい行動は、ストレスのかかる事なので継続が難しいんですって~

うんうん。

小・中学、高校、大学、就職… 新しい環境に入る時って
めっちゃ緊張したもんね
それってストレスよね

 

でも、行かないといけない環境 にあるから毎日通っているうちに
慣れてきてストレスがなくなっていった

 

一人ビジネスは自分自信で続ける作業
新しい壁が次々と現れるたびにストレスの重圧がかかります

だからビジネスをするって継続することがとっても難しいんですね

 

だから、ストレスをなくすためにしないといけない事があるんです

 

明確な目的地を設定すると、道のりを考えられる

明確な目的地設定は、Googleの目的地設定をイメージすると分かりやすいです

「USJに行きたい!」と設定すれば、道は記されますが、
「テーマパークに行きたい!」だと、どこへ行けばいいのかさっぱり分かりませんよね

 

このように自分のビジネスの目的地設定も 明確に・具体的に 設定してイメージする必要があります

「1年後は月収5万」のように金額でもいいし
「1年後は憧れの洋服が着られるスタイルになっていたい」でもいいですね

 

じゃあ、そうなりたい自分になるために

何からすればいいのか分からない
どう進めばいいのか分からない

と、道に迷わないために

どのように到達するのか?を具体的に考えます

 

「月収5万」だったら
どういう方法でその金額を得るのか?

その方法をどの程度の量や期間をこなすのか?

ブログ記事を毎月100記事3か月間書くとか
Twitterで毎日20ツイート1か月間するとか
足りない知識を学びにセミナーを申し込むとか…

こういった、自分の内的対話を繰り返して整理して考え

行動=実行 します

 

でも、実行して継続するって本当にむずかしい事ですよね(^-^;

その為のモチベーションアップのために

自分の思い描く未来のポイントは、
最高にあり得ないぐらい幸せな状態をイメージしてみてください

 

私の場合は

お客様に頼られる自分
収益が上がって、生活と時間が豊かになっている自分
家族旅行を楽しんでいる自分
自分が新たにやってみたいことに挑戦出来ている自分
家事代行を頼んで、仕事にもっと集中できている環境をゲットしている自分
……

と、こんな感じ

 

最高に幸せな状態をイメージすると、それだけで幸せな気持ちになれます
そのゴールへ向かうための、険しい道を今は歩んでいるんだと考える事ができますね

最高に幸せになった未来の自分が、過去の自分に対して
「家族全員立て続けにインフルエンザになって1か月間深夜のブログ更新が
めっちゃしんどかった事もあったけど今では笑い話だよ。ワッハッハー」
なんて言ってる場面を想像してみてください

 

家族も子育ても犠牲だと思わなくていい

日本の女性は こうあるべき という価値観がありますね

私よりも若い世代でも、まだそうみたいです

女性が 掃除・洗濯・食事作り・子育て をして当たり前

公園では若いパパが子供と楽しく遊んでいたり、抱っこ紐をしている姿も多く見るようになったけど
まだまだ、女性は正社員として働いていても家庭の役割を
旦那さんと半分にしづらい風潮があるようです

 

女性やママ達自身も、 そういう価値観でないといけない と、思い込んでいる人が圧倒的

 

お母さんだから、

子供と一緒に遊んであげる事が素晴らしい事だとか
子供に絵本の読み聞かせをしましょうとか
子供に“抱っこぎゅ~”をいっぱいしてあげましょうとか
外食ばかりせずに、栄養バランスのとれた食事を作りましょうとか
夜9時には子供を寝かしつけましょうとか

それが、どうしても苦手だったり
不器用ななお母さんだっているんだよ~~~
(私の事です(;・∀・))

 

子供を産んだからって、一般的な『お母さん像』を当てはめなくていい!!

私は私というお母さんスタイルで、子供と向き合うよ!

お母さんが幸せで寛大に子育てしていることが、子供にとって生き生き育つと信じています

 

お母さんが幸せな気持ちになるためにすることはワガママではないんだよ!!

ママだって、夜のみに出かけたいし
四六時中子供と常に一緒に居ないとママ失格だなんて思う事ないし
ママだって映画を見に行きたいし
子供と離れた一人の時間が欲しいよ!!

それでいいんです!

 

上手くできなくて落ち込んでいる子供に、
「それ、あかんやん!」って、ダメだしすることは絶対にないですよね

それと同じことを、自分自身へ寄り添うように、自分にも優しくしていいよ!
もっと自分を褒めようよ!

私自身、そういう風に考えているので、少数派の考え方を持つ女性なんですが、
兵頭さやかさんと同じ価値観ですっごく嬉しかったし

こういう価値観の女性がもっと増えて欲しい

 

そういう考え方を持つと、とっても気持ちが楽になります
すると、相手に対しても優しくなれます

その状態で、お客様に喜んでもらうビジネスをしましょうよ!!

 

 

大先輩の話すことの重み

2人目の登壇者は 15年間ネットビジネスの世界にいる 藤岡さん

2004年からネットビジネスをしていて、現在は自由な時間と楽しく仕事をしていらっしゃいます

ネットビジネスが生まれた頃からこの業界で活躍しておられる大大大先輩の
貴重な 失敗談 を聞く事ができました

 

人の失敗談を聞く事は、自分にも起こりうるかもしれない失敗への覚悟ができるし
知っておくことで、自分がピンチになったときに回避する道が分かります

成功者の成功談をやノウハウを語るサイトや人は多くいるけれど
失敗談はなかなか聞けない話

失敗した時、落ち込んだ時、挫折した時にどう乗り越えたのか?

参考にしたいポイントです

若かりし頃の企業の失敗経験を元に得たもの

藤岡さんは20代前半に起業をしたものの、2度失敗し、1000万円の借金を負いました

私のような主婦には到底できない借金ですが
そんな借金を追って現在自由な生活を手に入れるまでに何をしてきたのかが気になりますよね

 

人生の紆余曲折があり、借金を追いながらも派遣社員をしながら【せどり】をしつつ
借金返済をコツコツしていた時代のお話

当時ネットビジネスの先駆けという塾に入ったときに
その塾で本気で学びたい藤岡さんはその塾に不満と疑問を持つことがあったそうです

その不満をそのまま不満としてぶつけずに、自分は学びたい気持ちがあることや
改善して欲しい所を建設的に、誠意を込めて伝えたそうです

すると、その意見に対して主催者側から理解してもらう事ができて
気に入ってもらう事ができたというのです

 

不平や不満を愚痴として言う人は多くいるけれど
それでは相手に良い印象として伝わる訳はなく

人を説得するためには、決して感情で動かずに
納得する明確な理由を準備して提示すると、相手にも伝わる とのこと

これが人との関りで大切な事だと体験談の中でお話していらっしゃいました

 

私たちはついつい、

「もっとこうなったらいいのに」とか「ここは嫌だよね」って
直接言わず、愚痴を言ってしまいがちですが

相手を納得させるための理由を誠意をもって相手に伝えると伝わるものだと教わりました

忘れてはいけないこと

あなたは、自分が借金を負った時に
お金を貸してくれる親・親戚・友人など
いったい何人いるでしょうか?

 

人は、自分が困ったときに手助けをしてくれる人が多く居れば生きていける

信用のない人に、人はお金を貸したりはしません

 

お金だけで得た信用や人づきあいは
お金が無くなればそれでおしまいになるけれど

信用でつながっている人づきあいが自分にあれば生きていける

 

人との繋がりはお金ではなく、信用が最も大切だという事を
藤岡さんの実体験を踏まえてお話して下さいました

 

ビジネスを続けるためのアドバイス

ビジネスには失敗はつきものだけれど

藤岡さんは「突破できる失敗がやってくる」とおっしゃいます

自分が目指すものに応じた失敗があるし、成功に比例した失敗があるものだというのです

更には、背負った借金の分だけ、稼げる時が必ず来ると実証済みの藤岡さんです

失敗した時は「もうだめだ」と落ち込むけれど
これまでの自分の努力を無駄にしたくない!
という気持ちの強さから立ち上がって次の挑戦につなげたそうです

 

私たちへの最後のメッセージは

成功者になってみる
成功者の思考を真似してみる

ということでした
自分の考え方はいったん置いといて →→→

自分の尊敬する成功者はどういう思考で物事を考えているのだろうか?
こういう時はどうするだろうか?

と、成功者に自分がなりきって行動することだと、アドバイスを下さいました
15年間してきた中で、自分が成功するために大切な事を
一番集約したメッセージなんだと受け取りました


◇ メルマガ配信しています ◇

↓ ↓


~ アトリエいろかさね主宰 リョウコのプロフィール ~

主宰者 : 片山良子 1978年生まれ

長男:小学5年生・支援学級在籍(自閉症スペクトラム)
長女:小学3年生
次男:4歳・保育所(グレーゾーン)

3児の子育てと教室運営を両立しながら
自宅で出来る仕事を始めたアラフォーお母さんです

◇ 京都精華大学美術学部デザイン学科マンガ専攻 2001年卒

◇ 大学4年生時“京都アートスクール”にてアルバイトを1年間経験する

◇ 大学生から社会人時代に 個展・グループイラスト展を3度開催

◇ 大学生から社会人時代にマンガを投稿した作品 約20作

◇ 出版社へ持ち込み経験 『集英社』『講談社』『小学館』『白泉社』『角川書店』

◇ 2007年 地域施設で1年間小学生対象にアート教室のボランティア活動をする

◇ 2015年 ポーセラーツインストラクター資格取得

 

~ マンガ大好きマンガ漬けだった良子のお話 ~

【小学生時代】

5歳くらいの頃から マンガや アニメが大好きでした

古い記憶にあるアニメのタイトルは
「ララベル」「ミンキーモモ」「ときめきトゥナイト」

小学校時代の休み時間には絵を描く事が多い女の子
小学生時代は、毎日必ず夕方やゴールデンタイムにはアニメが放送されていて、ほぼすべて見ていました

一番最初に大好きになったマンガは 『ときめきトゥナイト』
その影響でマンガ雑誌 『リボン』を愛読

小学2年生の頃に、『風の谷のナウシカ』が公開され
その映画を見て衝撃を受けました

当時の私には内容が難しい部分が沢山あったけれど
ナウシカの世界観やキャラクターの魅力に魅せられて
マンガが更に好きスイッチが入りました

カギっ子だった私は
お小遣いを貯めて、漫画本を買って読んだり
一人で絵を描いて過ごしたり

夏休みの午前中に放送されていた「夏休みこども映画大会」
があったことで、暇な時間を過ごすことができていました

当時は、家庭にビデオデッキがまだ普及する前。

夕方にもアニメを放送していることが多く
習い事を週1回しかしていなかった私にとって
親がいない放課後時間や学校長期休暇中は
テレビやマンガ本を通して
マンガの道へはまっていく小学生時代を過ごしました

小学生時代に、すごく好きで読んでいたマンガの本は
「らんま1/2」
「ときめきトゥナイト」
「ハンサムな彼女」
「姫ちゃんのリボン」
「ねこねこファンタジー」

当時のリボンに掲載されていたマンガが中心です

 

小学6年生の頃に

“漫画家さんみたいに、絵が上手になりたい
どうやったら様々なイラストが描けるんだろう?”

キャラクターの名前を考えてみたり、設定を考えることを始めました

“マンガって、どうやって描くのかな?”

そう疑問を持ちながら、絵を落書きで済まさずに
身近な色鉛筆で完成させたイラストを描く事を始めました

また、「風の谷のナウシカ」の原作漫画がある事を知り
読むと、世界観の深さと絵の美しさに魅了されて
私の中の “か弱い女の子の恋愛世界少女漫画時代” が終わり
“強く戦う、立ち向かう女性の世界感少女漫画” が好きになっていきました

【 中学生時代 】

中学校時代は、バレーボール部に所属していました

「美術部ちゃうんかい」と、言われるのですが、
美術部では油彩やコンテ画など、マンガの絵を描けなかったので論外でした

勉強に興味がなく、授業中は
「家に帰ったらどんなイラストを描こうかな~」
というイメージを膨らませている 妄想女子 でした

自宅に帰宅すると直ぐに机に向かいイラストを描く
生活を送っていました

だから、学校の成績は中の下(=_=)

    

夜遅い時間まで私の部屋の明かりがついていることを塾帰りの友人が気が付き
「勉強しているの?」と聞かれ
「…マンガ読んでる(^-^;」と、答えていました

絵が好きだったので、描いた絵を友達に見せていました

すると、それを快く思わなかった同級生に

“絵が上手い事を自慢している”と
陰口を言われ、プチいじめ を受けたことをきっかけに
自分がマンガを描いていることや得意な事を話すことをやめました

 

でも、 将来は絶対漫画家になる!!

と熱い気持ちがあったので、学校では自分が絵を描いていることをを隠して
学校以外の時間はマンガ一色の学生生活を送っていました

 

中学1年生の頃に 「美少女戦士セーラームーン」が始まり
めっちゃ見ていました
小学生対象のマンガだったので、同級生に話すと陰口を言われることを恐れて
「セーラームーン大好き」とは話していません

漫画家:CLAMP作品と出会い、私の求めていた世界観に刺さり
大ファンに(*^-^*) 絵の影響を受けまくりました
CLAMP作品の追っかけも始まりました

 

 

【 高校時代 】

高校受験も終わり、学校以外の時間は再びマンガ漬けの学生でした

部活は ソフトテニス部。

高校には「文芸部」という、マンガや小説の部活があったのですが
中学時代に自分がマンガを好きであることを隠してきたことや
またいじめられたら… という気持ちと
マンガは家でも描けるから、家でできない事をしたいと思っていて
運動部に入っていました
(今でも時々楽しむスポーツです)

 

中学2年生の頃に
「マンガの描き方」という基礎の本と出会い、
本を見ながら独自でマンガ技法を練習を始めていました

本を見ながら、独自でマンガ技法を練習しながら
高校生の頃にはマンガの画材を集めたくて
お小遣を駆使して
つけペンやスクリーントーン、カラーインクを集めていました
画材って効果なんですよね(^-^;

カラーインク1色500円
スクリーントーン1枚300円

1色では絵が描けないのでせめて5色は集めたいけど…
スクリーントーンの種類もバリエーションが欲しいし…
でも、新刊コミックが今月は5冊も販売されるし…

お小遣いを、自分のお洒落やおやつに使う事はほとんどなくて
マンガ関連や、アニメグッズにつぎ込んでいました

 

ストーリーを考えることも始めたけれど、
1作を「終わり」につなげるまでの難しさを知りました

イラストを仕上げる事と、マンガを1作描き上げる事は
やるべき絵の技術内容が全く違います

ただ、可愛いキャラクターを描けばいいわけじゃない

学園物のストーリーを描こうとしても
「学校の校舎ってどういう形をしていたっけ?」
「階段って描くの難しな」
「何気ない街中の風景を描くって大変!」

漫画家さんって、絵が万能ですごい!
話を考えるって、すごい!
人にインパクトを与えるコマ割りって難しい!!

そんな、描き手目線でマンガの本を読むように変わり
ストーリーのあるマンガを描き始め
出版社へ作品を投稿するようになりました

↑始めて投稿した漫画の表紙
角川書店 『ASUKA』に投稿しました
評価はBクラス。

 

絵が上手くなりたい気持ちから
京都精華大学 美術学部デザイン学科(当時のマンガ専攻)へ大学進学先を決めました

私はもともと、“絵はどこでも描けるから
大学は管理栄養士資格を取得できるところへ進学しよう”
と高校時代を過ごしていたのだけれど

「でも、本当にしたい事って、それなの?ちがうよね」

と言う気持ちが強くなり、高校3年生から美術大学へ向けた勉強を始めました

 

小さいころからず~~~っと独自でマンガイラストを描いてきたけれど、
本格的に絵を習い始めたのは高校3年生

4年生の美大受験を目指すには遅すぎるスタートでした

デッサンの予備校へ行くと、みんなは中学生から美術部だったとか、高校1年生の時からデッサンを習っている人ばかり
私のように、マンガマンガしていない人…

デッサンは全然面白くなかったけれど、大学へ行くために努力するしかない

デッサンばかりで、マンガイラストが描く時間がなくて辛い…
そんな受験生でした

入試までたった半年しかない間に、どれだけ技術を伸ばすことができるのか…
スタートが遅すぎた私は

第一志望である京都精華大学の推薦入試には
《色彩構成》の課題と《意気込みの作文》のみ
デッサンが課題になかったので、推薦入試にかけました

今まで、イラストを描き続けてきて色を使う事が好きだったことが実を結んだのか
推薦入試で無事、合格!

私も両親も 奇跡!! と泣いて喜びました

 

【 美術大学時代 】

大学へ入学してからが苦労しました

同級生は、美大へ向けてデッサンを何年も描いてきた基礎ができている人ばかり

私は、その基礎経験が足りていない状態で
大学では、劣等生でした(>_<)

小さいころから学校では “絵の上手い人” だった私が
美術大学では “フツーレベルの人” になってしまったんです

衝撃と悔しさと痛烈な劣等感…

 

劣等生ではあったけど、でも入学した物勝ちです

「這い上がるしかない!」

絵の上手い同級生の良い刺激を沢山受けながら大学では
恋愛そっちのけで絵を描きまくり
人物デッサンの基礎力を付けました

 

バイトでお金を貯めて東京の出版社へ持ち込みに行ける年齢になり
何度か足を運びました
これまでに投稿・持ち込みをしてきた出版社は
集英社・小学館・講談社・角川書店・白泉社……

私にとって 東京は旅行でも観光でもなく 東京=出版社 です

 

大学には、マンガ好きな人も多いし
マンガを投稿している人も他にいたし
マンガ好きな事を話しても“オタク”と言われないから隠さなくてもいいし
作画技術のマニアックな話や
画材の使い方のマニアックな話ができる友人が多くいました

自分の好きな事を追求できる大学生時代は
好きな作家さんの原画展やサイン会などのイベントへ行ったり
自衛隊に興味もあったので、大学生向けの体験ツアーなる物へ参加したり(*‘∀‘)

 

自分のやりたいことを思うままにしてきた
人生の中で幸せな大学4年間を過ごしました

 

ご縁があり
アートスクール予備校のアルバイトを1年間経験

思い返せばこの頃に、人に教える事をしていた私です

自分の所属している大学の専門科に入学したい受験生の担当をさせて頂いたので
生徒達の必死の思いを過去の受験生時代の自分に重ねて
生徒達に合格して欲しくて、真剣に絵のアドバイスをしました

 

【 社会人→出産→育児 】

大学卒業後は、契約社員として普通に事務員をしながら
自宅ではマンガを描いて投稿する生活を、相変わらず続けていました

自分の漫画以外にも漫画アシスタントを経験してみたり

イラストレーションのグループ展を3度開催しました

第一子を妊娠中の1年間は、地域施設で小学生に絵を教える教室があり
その先生のお手伝いをするボランティア活動をしていました

    

 

そんな社会人時代でしたが漫画家デビューすることは出来ず
結婚・出産のため、
自由に絵を描く生活から離れてしまいました

自分が絵を描かない日が来るなんて考えもしなかった事です

 

自分の子供を育てる中で
「マンガが好きな子供たちや
絵の好きな子供たちに絵を教える教室が出来たらいいのにな」
漠然とそう考えるようになっていました

 

第二子を出産し
子育てのしんどさやイライラがつのる日々が続きました

子供と一緒にお絵かきをしたり、
アンパンマンなどテレビで楽しめる生活を描いていたのに
なぜそれが出来ないのだろう…

 

なんだか変…
長男の発達に違和感を感じていた結果

自閉症スペクトラム であると
診断が出た事によって私の生活は更に一変しました

療育子育てに専念する生活に変わり
“今は自分の自由を捨てる時期だ”

と、自分に言い聞かせて療育子育てをしていましたが

不安で寂しい気持ちと
私が頑張らないで誰が何とかしてくれるの?

そんなプレッシャーで毎日を過ごしていました

 

 

【 アート教室を始めるに至るまで 】

“絵画教室で子供たちに絵を教えたい”

教室を始める前はそんな 私主体 の夢を持っていました

 

息子を通して療育先の子供たちと触れる貴重な経験を重ねる中で

“言葉で自分の気持ちを伝えることが難しい子でも
色や形で自分の気持ちを表現することで気持ちを伝えることが出来る!
絵は言葉がない人でも気持ちを伝えるツールになる!
困り感のある子供たちが自己表現できる場所を作れたらいいのに”

という気持ちが芽生えました

 

息子の障がいが分かってから
普通では出会う事の無かった人たちと出会い
沢山の方から支援を受け
これまで関わることのなかった未知の世界を知ることが出来ました

それは、自分をものすごく成長させてくれる
素晴らしい経験をすることができ
息子を授かって良かったと思えるようになりました

 

息子も小学生になり、子育てがスムーズに進みだした頃

『私に出来る事はないか? 私に出来る事で行動して生きたい』

そう考えるようになりました

 

絵画教室を通して、障がいのある人も、定型の人も
当たり前に同じ空間で、同じ趣味を共有し、お互いに尊重しあえる
そんなバリアのない空間を作りたい

そんな強い想いが大きくなり
自宅で 『アトリエいろかさね』を始めることに決めました

 

今は おうち教室 という小さな空間ですが
私にできることを一つ一つ積み重ねて
長男の子育てで沢山支援を受けて助けられた恩を
アトリエに来室する生徒様を通してお返ししていきたい
という想いで運営しています